Natsuki Ikeda 池田夏希
““ドイツのコーチが、日本人は、苦しいときに耐えられる力のことを精神力と言うと言っていました。ドイツでは、苦しいときにクリエイティブになれることが精神力だと。苦しいときに、どう知恵を働かせるか、クリエイティブになれるか、苦境をどう乗り切れるかと、頭を回転させることが、精神力だと。””
— こともさんはTwitterを使っています (via do-nothing)
““ドイツのコーチが、日本人は、苦しいときに耐えられる力のことを精神力と言うと言っていました。ドイツでは、苦しいときにクリエイティブになれることが精神力だと。苦しいときに、どう知恵を働かせるか、クリエイティブになれるか、苦境をどう乗り切れるかと、頭を回転させることが、精神力だと。””
— こともさんはTwitterを使っています (via do-nothing)
“フェンシングの太田さんが、ワイドショーで面白い事を言っているな。 フェンシングの大会を体育館で入場料1000円で全く集客できなかったけど、入場料を5000円にして劇場で開催したら満席になった。 普段演劇を見ている客層相手に、色々演出を工夫して興行する、という発想の転換。”
— 高村宗一さんのツイート (via nokoto55)
“世の中には、物事を冷笑的に見ることを覚えて、自分が偉くなったように感じている青二才が『現実は甘くない』と口にする、その薄っぺらな現実を叩き壊すほどの物語が存在するのだ。”
“自分と違う生き方をする人たちについて、自分とは全く切り離された何かだと思わず、自分と共通する土壌から生まれた全体の一部だと思って受け入れられるような、そんな寛容さをみんなが持ったらもう少し世界は生きやすくなるんじゃないかと思う。”
“ 肥満は長年の生活習慣が積み重なった結果と言われます。ですから肥満改善のためには、試合前のボクサーのような短期のゴール設定ではなく、長期に わたるライフスタイルの修正、具体的には継続的な運動習慣や栄養バランスのとれた食事といったこと、を実践しなければならない。そうでなければ「アフ ター」まで見据えたダイエットにならない。きわめて当たり前の結論に落ち着いてしまいます。 ダイエット方法に限らず「当たり前の結論」は、まったく平凡で退屈です。 消費者としては、今さらそんな退屈な聞き慣れたことを説かれるよりも、まったく別の「今度こその、究極ダイエット方法」のほうが魅力的に見えるの もまた、当たり前のことです。 メディアの送り手サイドにいるプロたちは、そうした消費者の心理をよく理解しているからこそ、その期待にこたえる新たなダイエット方法を紹介して いく。”
— 「痩せる」「ガンも生活習慣病も治る」誇大広告無法地帯:日経ビジネスオンライン (via raurublock) (via yuco)
2010-03-25
(via gkojay) (via fxxkonthebeach) (via sesuna)(via ohana345-blog)
“リーダーは上に立つ人じゃない。前に立つ人のことだよ。偉い人、あるいは優秀な人がリーダーになるわけじゃないんだ。ただ、誰よりもリスクを背負って、進むべき方向を示す人がリーダーになるんだよ。常に前だけを見ていれば時には間違えることもあるけど、それでも迷わないことが大事なんだ。前に立て”
“昨日は、今が個人の時代であり、人間がデジタル化している話を書きましたが、出かけていかない生活になると、服がいらない、とも書きました。これは、同時に部屋の中が既に個人に含まれている状況ともいえます。ファッションというのは、他者に対する見栄えだったのですが、それはネット上でデジタル化され、他者との関わりにも自分の部屋は用いられなくなることでしょう。もはや自分の内側といえます。部屋の壁が、皮膚です。 これが、すなわち過去に流行った「籠もり」であり、そういう意味では、引き蘢もりは時代を先取りしていたといえるでしょう。今は、部屋にいろいろ置かなくても全部デジタルですから、これが可能です。今後は、最低限の生存に必要なリアルだけが残る、いわゆる断捨離状態になっていきます。 僕は、建築学科で1年生に向けて授業をするときに、「衣食住」の話をしました。衣食住は、人間の生活に必要な3要素だったのです。でも、これらのうち、「衣」と「住」は違いが明確ではありません。どちらも同じようなものです。「両者の違いは何ですか?」という課題を出したこともあります。 「躰と一緒に移動できるものが衣で、動かせないものが住です」と答える学生には、「では、トレーラハウスは衣ですか?」と問いました。 かつて、若者がクルマに熱中した時代がありましたが、あのときは、クルマも「衣」か「住」だったと思います。今は、この2つが、既にデジタル化されつつあって、近い将来には、今のカプセルホテルのようなマンションに住む個人が、都会では増えてくるのではないか、と予想できます。断捨離をすれば、そこへ行き着く。スペースなんかいらないのです。都会は、効率化を求めた形態ですから、必ずこの方向へ進化するでしょう。ただ、そうなるまえに、一部の人間が自然に回帰するかもしれません。 犯罪者を逮捕して刑務所に入れていますが、もし刑務所でスマホが使えたら、現代人には特に支障を感じない生活を既にしています。逆にいうと、未来の刑務所とは、ただネットへのアクセスができない環境であり、パスワードを剥奪するだけで良い、ということになるのかも。”
— 店主の雑駁: 「衣」と「住」の将来 (via conveniitekuru)
